引き継ぎ!
先日来よりカキコしてきましたように、弊社(小生)の「損害保険代理業務」は、今月末で終了します。
今日は、小生の紹介で昨春に同損保に入社し、研鑽を重ねてきたN氏に弊社の損保事業を継承していただくべく打ち合わせを行い、その後は小生が役員を務める人材会社の社長のところへ引き継ぎに出向きました。
ここだけでも、営業車両すべてと、事務所の店舗総合保険、事業総合保険、従業員の団体保険、生命保険では社長の経営者保険、社員の福利厚生保険が存在するので、管理していくだけでも骨が折れるでしょう。
それ以外にも、相応のボリュームがありますし、小生得意のマニアックな保険商品にも手を染めているので、N氏にとっては、かなり大変でしょうが、普段では味わうことができない経験ができると思います。
いま、思い返せば、1983年(昭和58年)に、長男が誕生する直前に、身重の妻を身代わり代表として、小生の当時では珍しい「週末起業」として開始したのが損保代理業でした。
当時、小生は信販会社のサラリーマンで、自分で言うのはおこがましい限りですが、営業推進担当者として常に成績が上位で、力を持て余していました。
その頃、会社が主力としていた自動車ローンの加盟店開拓を担当しており、学生時代のアルバイト経験から自動車に詳しい小生は、飛ぶ鳥を落とす勢いで加盟店を増やし続けていたのです。
そんな折、同じ自動車販売店を担当している損保営業担当者と知り合い、彼の営業手法は驚くばかりの説得力で、その敏腕ぶりに圧倒されました。
こんな営業マンは、それまで見たことがない。
正直言って、いままで営業に自信をもっていた小生でも、鼻柱がいとも簡単にへし折られる思いがしました。
もちろん、今日に至っても、彼以上の営業マンには出会ったことはありません。
そんな彼から、自分たちで共同営業しようと持ちかけられ、異業種ゆえ直接的利害関係は発生しないので、お互いの専門分野を勉強して、彼は自分が担当している自動車販売店を加盟店として紹介してくれ、小生は自分が担当している加盟店を彼に代理店として紹介するという相互バーターを行いました。
彼の発想のすばらしさは、これだけでなく、お互いにとって、販売店に出入りする競合各社は数社ありますので、その動きを早く察知する為に、お互いがスパイになって情報を提供し合うことにしたのです。
販売店に出入りする競合各社の営業マンは、そこに異業種の営業マンと出くわしても、油断して簡単に営業条件などを話しているのですね。
そんな情報は、お互いに筒抜けになる訳ですから、他社が新条件を提案してくる前に、それ以上の条件で根回ししておけば営業防衛を果たせるばかりか、シェアを奪取することもできるのです。
こうなると、お互いの営業成績は、支店内はおろか地区営業店でも最上位に上り詰める結果となり、2年連続して「社長賞」を受賞するだけでなく、小生の場合は3年後に「営業課長」を拝命する大抜擢をしていただきました。
そして、我々には新たなチャンスがやってきました。
積立保険をベースにした「保険クレジット」の商品化です。
当時、損保業界には積立保険に加入する場合は、一時払いと月払い、年払いが存在していたのですが、保障+満期返戻金+配当を考えると、一時払いの満期返戻金+配当が11%/年あり、それ以外の支払条件では2%にも満たない状態でした。
そこに、信販会社が一時払い保険料として「立て替え払い契約」=クレジットすることで、保険加入者は信販会社に毎月分割して支払うが、満期時には一時払い契約者と同じだけの満期返戻金+配当が受けられるので、保険会社に月払いや年払いで支払うよりも、最終的に4%/年以上の利回りが約束される商品です。
また、信販会社にとって、商品化したときのリスクも少なく、もし返済途中で滞納者が出た場合は、法律で定められた期間後に「強制解約」させることにより、立て替え金は解約返戻金で満額相殺されるので、未収金が発生しない優れものだったのです。
この商品を開発するにあたっては、小生も本社の商品開発部と協議を重ね、関西では試験的取り組みを小生に任せていただくことになり、その時も彼の会社と真っ先に提携して取り組むことにしたのです。
そして、その時に考案したのが、サラリーマンでは副業禁止にあたることから、当時の支店長の承諾を得て、小生の妻に代理店主をしてもらって、週末だけ親戚や友人に出向いて、この商品についてヒアリングを行ってきました。すると、最初はヒアリングだけのつもりで行ったものが、資産運用商品として評価をいただき、買い手市場となりました。
これで、勇気を得た我々は、担当する自動車販売店にも協力してもらって営業展開しました。
結果は、もちろん全国ナンバーワンとなり、その後は栄転を繰り返し、本社でファンドマネージャーやシステム開発まで携わることになったのです。
妻名義の保険代理店は、転勤前に実姉に店主変更して顧客管理をお願いしてきました。
小生も、元々が起業家意識がつよく、自分の能力は自分のために使いたいと思い続けてきたので、銀行傘下の色が濃くなり始めたときを潮時として、大手住宅メーカーに転身しました。
大阪本社の勤務になり、与えられた社宅の前に、たまたま彼の在籍する損保会社の支社があり、加入している保険の住所変更に赴いたところ、偶然にもそこに彼が副支社長として座っていたのです。
そして、再びお互いの磁石が噛み合ったように、妻も協力してくれ損保代理店を継承し、住宅メーカーでも在職中は連続して営業トップを走ってきましたので、火災保険は面白いように販売できました。
もちろん、小生は口添えするだけで、営業手続きは妻と彼が代行してくれるので非常に楽でした。
彼との関係は、小生が独立することを決意したときにも援助してくれ、彼の会社に営業研修生として在職しながら独立FP事務所として設置を許可するなど、極めて特別待遇で小生を迎えてくれました。
現在でも、彼の好意に甘えて、同社京都支店のVIP代理店をサポートするFP担当顧問として携わり、今年度から彼は役員として経営陣に加わったことで、その影響力は一段と大きくなり、小生が役員を兼ねている人材紹介会社に、損保、生保の中途社員採用について提携してくれることになったのです。
小生が、今月末で代理店から撤退した背景にあるのは、従来から言い続けてきた理由だけでなく、弊社の業務多忙による保険顧客へのサービス低下が、彼のこれまでの好意に対して申し訳ないことになってはいけないとの配慮によるものです。
28年間、築いてきた信頼関係は、今後もお互いの支えにして行きたいと思っています。
★人気blog(ファイナンシャルプランニング)ランキングに登録しています。皆様のクリックが更新の原動力です。こちらも応援よろしくおねがいします。
![]()
| 固定リンク
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 30回目の“結婚記念日”(2012.02.03)
- 連続する過密スケジュール。(2012.01.15)
- ’12 二女の“成人式”(2012.01.09)
- ’12 4年ぶりの同窓会。(2012.01.03)
- ’12 穏やかな元旦日和。(2012.01.01)












コメント